僕に出来ることは、大きなお節介を焼くことだけだった。

こんにちは。
コバヤシリョウ(@gunshi320)です。

昨日のブログでも書きましたが、
アニエラフェスタアフターパーティー、本当に楽しかったんですよ。

お客さんも楽しそうで、
プレイヤーも楽しそうで、
本当に幸せな気持ちになれたんです。

幸せな気持ちに浸りながら「あ~やっぱりそうだ」と再確認したことがあって。

今日はそのことを話そうと思います。

楽しさの共有にある矛盾

楽しいを共有したい。

そう思えば思うほど「誰にとっての楽しい?誰を基準で話してる?」という心の声が聞こえてくるんです。

「楽しい」という主観的な感情を「みんな」で共有するという矛盾。

十人十色、人それぞれ、楽しいと思うことが違う。
であるならば、万人に楽しい事は存在する訳がない。

僕は「アニメ」や「音楽」に対して、ある種のフェティシズムを感じているから「楽しい」と思うのであって、どちらも興味がない人にとってはつまらないことかもしれない。

ただ、それでも・・・

アニエラアフターを終えて、
万人には刺さらないかもしれないけれど、
僕は「僕が信じる楽しい」を共有したいと思ったんです。

大きなお節介を焼き続ける

僕は僕が楽しいと思うことを共有したい。
万人に刺さらなくても、刺さる人を多く見つけて、一緒に楽しみたい。

つまり僕は、大きなお節介を焼きたいだけだったんですよね。

初めてディズニーリゾートに行って、感動して、友達にめっちゃ薦めちゃうみたいな。
そんな感覚に近いかもしれません。

アニメも音楽もめっちゃ良いから、こうやってみんなで生でライブ聴いて盛り上がるの、本当に楽しいから、君も一緒にどう?って、出来る限りおっきい声で叫んでるだけなんですよね。

でも、その活動を通じて、100人中1人でも楽しいって思ってくれたら、それは意味のあることなんじゃないかなって思うんです。

人の人生に意味なんてないかもしれないけれど。
それでも、意味のあるものにしようと努力していきたい。

だから僕はこれからも、大きなお節介を焼き続けようと思います。